企業の「ネットゼロ目標」を理解する:なぜ重要なのか、どう信頼性を評価するか
気候変動対策への関心が高まる中、「ネットゼロ目標」という言葉を耳にする機会が増えています。多くの企業がこの目標を掲げ始めていますが、具体的にどのような意味を持つのか、そしてその目標をどのように評価すれば良いのかは、必ずしも明確ではありません。本記事では、企業のネットゼロ目標について、その基本的な定義から、なぜ重要なのか、関連するイニシアティブ、そして信頼性を評価する際のポイントなどを解説します。
ネットゼロ目標とは何か
ネットゼロ目標とは、企業や組織、あるいは国などが、人為的な温室効果ガス(GHG)排出量を実質ゼロにすることを目指す長期目標です。これは、排出されるGHGの量と、森林などによる吸収や、二酸化炭素回収・貯留(CCS)などの技術による除去量を均衡させることで達成されます。
「カーボンニュートラル」や「クライメートニュートラル」といった類似の言葉がありますが、ネットゼロは、特に科学的な根拠に基づき、排出量の「削減」を最優先し、避けられない排出量のみを「除去」することで実質ゼロを目指すという点で、より厳密な意味合いで用いられる傾向があります。ただし、これらの用語の定義や使われ方は文脈によって異なる場合もあります。
なぜ企業のネットゼロ目標が重要なのか
企業がネットゼロ目標を設定し、その達成に向けて取り組むことは、いくつかの重要な意味を持ちます。
- 気候変動リスクへの対応: 異常気象の増加、資源の枯渇、規制強化などは、企業の事業継続に大きなリスクをもたらします。ネットゼロ目標は、これらのリスクを低減し、事業のレジリエンスを高める上で不可欠な戦略となります。
- 新たなビジネス機会の創出: 脱炭素化に向けた技術開発やサービス提供は、新たな市場を生み出します。ネットゼロ目標は、企業がこれらの機会を捉え、競争力を強化するための羅針盤となります。
- ステークホルダーからの信頼獲得: 投資家、顧客、従業員など、様々なステークホルダーが企業の気候変動への取り組みを重視するようになっています。明確なネットゼロ目標は、企業の責任ある姿勢を示し、信頼と評価の向上に繋がります。
- 法規制への対応: 世界各国で脱炭素化に向けた法規制が強化されています。将来的な規制強化を見据えた目標設定は、スムーズな移行のために重要です。
SBTiネットゼロ基準との関連
科学的根拠に基づいた目標設定を推進するSBTイニシアティブ(SBTi: Science Based Targets initiative)は、企業のネットゼロ目標の信頼性を高めるために「SBTiネットゼロ基準」を提供しています。
SBTiネットゼロ基準では、GHG排出量の「大幅な削減」(90%以上を推奨)を最優先し、その上で避けられない残余排出量を「永続的な除去」によって埋め合わせることを求めています。基準を満たすためには、短期・中期目標(SBT)の設定と並行して、長期的なネットゼロ目標を設定し、科学的根拠に基づいた削減経路を示す必要があります。
SBTiの認定を受けることは、企業のネットゼロ目標が科学的な知見と整合性が取れていることを示す一つの信頼性の指標となります。
ネットゼロ目標の信頼性を評価するポイント
全ての企業が掲げるネットゼロ目標が、同じレベルの信頼性を持つわけではありません。目標の信頼性を評価する際には、以下の点を考慮することが重要です。
- 対象範囲: 自社の直接排出量(Scope 1)、間接排出量(Scope 2)だけでなく、サプライチェーン全体を含むScope 3排出量も対象としているか。特にScope 3は排出量の大部分を占めることが多く、ここを含まない目標は包括性に欠けます。
- 基準年と目標年: 目標達成年までの期間が適切か。また、目標達成の起点となる基準年が明確か。
- 中間目標の設定: 長期目標だけでなく、そこに至るまでの具体的な中間目標(例: 2030年までに〇%削減)が設定されているか。これにより、目標達成に向けた進捗を追跡しやすくなります。
- 削減計画の具体性: 目標達成のために、どのような技術導入、ビジネスモデルの変革、サプライチェーンへの働きかけなどを計画しているか。具体的なアクションプランがあるかどうかが重要です。
- オフセットの利用方針: 目標達成のために排出権の購入(オフセット)をどの程度利用する計画か。オフセットは、削減努力の代替ではなく、あくまで削減後の残余排出量を対象とすべきです。SBTi基準では、排出削減を最優先し、オフセットは主に削減できない残余排出量に限定することを求めています。
- 第三者による検証・認定: SBTiなどの信頼できる第三者イニシアティブによる目標の検証や認定を受けているか。
個人としてどう関わるか
気候変動に関心を持つ若手社会人として、企業のネットゼロ目標にどのように関わることができるでしょうか。
- 情報を得る: 勤めている企業や、投資を検討している企業のネットゼロ目標や気候変動戦略について、統合報告書やサステナビリティレポート、IR情報などを通じて情報を収集します。
- 理解を深める: 本記事で触れたような評価ポイントを踏まえ、企業の目標の信頼性や具体性について理解を深めます。
- 社内での対話: 勤務先で気候変動対策に関心を持つ仲間と情報交換したり、部署内でネットゼロ目標達成に向けた議論を提起したりすることも考えられます。
- 消費や投資の選択: 製品やサービスを選択する際に、企業の気候変動への取り組みやネットゼロ目標を考慮に入れることも、間接的な関わり方の一つです。
まとめ
企業のネットゼロ目標は、単なる環境保護の取り組みに留まらず、リスク管理、ビジネス機会の創出、ステークホルダーとの関係強化など、企業の持続可能性において非常に重要な意味を持っています。
一方で、その信頼性を適切に評価するためには、目標の対象範囲、具体性、削減計画、そして第三者による検証の有無などを注意深く確認する必要があります。
私たち一人ひとりが企業のネットゼロ目標について理解を深め、建設的に関心を持つことは、企業や社会全体の脱炭素化を加速させる上で、小さな一歩ではありますが、意義のあることと言えるでしょう。この記事が、皆さんが企業の気候変動対策について考え、他の読者と情報交換をするきっかけとなれば幸いです。